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2016年の振り返り

今年は(も)ほとんどブログを書かなかったが、年末に来て確変が起こってるのでこの勢いに乗じて今年の振り返りをしようと思う。

2016年も終わりが近いので急ぎ目で

仕事

今年は会社的にも色々と大きな変化がある一年だった。特に10月以降の怒涛の日々が凄まじかった。年明けからが楽しみであると同時に、自分に求められる役割も大きくなる(自称)ので、気張らねばならぬ。

会社の規模が大きくなって来てCTO的な役割を求められる割合が大きくなった一年でもあった。しかし、プレイヤーとしての仕事を多く抱えてしまったためにあまりそういう方面で活動をできていなかった。それだけでなく、自分自身の覚悟が圧倒的に足りていなかった。この点は大いに反省せねばならない。

思いをどれだけ持っていても行動を伴っていなければ意味がない。

新しく書いたOSS

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正直そんなに活動できていない。来年はますますプライベートの時間がなくなるのは避け難いので選択と集中で行きたい。

他に

js_rails_routes

railsのルーティングからjavascript用の便利関数を作るgem。便利だと思って作ったけど、結局自分でも使ってない。

textcomplete

正確にいうとリポジトリを作ったのは2015年だけど、正式に動き出したのは2016年。jquery-textcompleteがjQuery依存で辛くなって来たので書き直した。

少し関係ないけれどなんで辛いか書いておくと、今年に入ってから妙に作られるissueのレベルが下がって来ている気がしていて、jQuery使うのは初心者だけ、みたいな風潮があると思う。

parallel-rspec

RSpecを並列実行するためのgem。完全に車輪の再発明だが、Rubyで初めて fork(2) を使ったりしてなかなか得るものも多かった。やはりRubyは書きやすい。

x86

毎年1つは新しい言語を学ぶことにしているので、今年はRustでx86エミュレータを書いた。低レベルプログラミングに適したプログラミング言語を触るのが久しぶりだったのでとても楽しかった。言語の機能を使い切れた気は全くしていないが、記憶に残ったのはやはり所有権だろう。所有権の便利さを実感するには至らなかったけど、確かに言われてみればこうすることでメモリの安全性を高めることはできるなと。

redpen

RedpenのRuby用gemがメンテナンスされていないので書き直したやつ。increments/job-descriptionsのためにやった。

プライベート

プライベートの一番大きな変化は、冬の終わりに子供が生まれることだろう。妻のつわりで大変だったなとか、胎動で感動したとか。来年は家に新しいメンバーがやってくる。その日まで、残りわずかの二人の日々を楽しんで行きたい。

終わりに

あと数分で2017年。きっといい年になる。

WELQ問題で医療情報の価値が高騰しているらしい

僕の妻は看護師の資格を持っているが、病院ではなく企業の委託で健康保険室を運営する会社に所属しながら企業保健師をしている。

その会社では以前からWeb媒体向けの医療情報の執筆やその監修を業務の中で細々と行っていて、妻も定期的に記事を書いていたようだ。

詳細を聞いてみると、さすがに1文字1円なんてことはないが、仮にも国家資格を持った人によくこんな低単価で記事を発注できるもんだと驚いた記憶がある。 明らかに割りに合わないビジネスだと思うのだが、社長さんの人がよくて請け負ってしまったのだという。

ところが最近事態が好転しつつあるようだ。 その引き金を引いたのはもちろんタイトルにもあるWELQの件だ。

ここのところ会社に記事の監修をしてほしいという引き合いが相次いでいて、しかも記事あたりの単価もこれまでの数倍なのだという。 これまで看護師や栄養士の資格を持った社員が正しい医療情報を発信してきたわけだが、ようやく正直者が真っ当に評価されるようになったようで、僕はこのことをとても好意的に受け止めている。

しかし、同時にこれが一時的な特需で終わってしまうのではないかとも危惧している。 今回のWELQは後ろにいたのがDeNAという上場企業だったからこういう形での決着を見ることになったが、もっとアウトローな存在がやっていたらどうだっただろう。 いや、すでにそういうのはたくさん存在しているし、一連の報道の中でDeNAのやり口は広く知られることになってしまった。

今回の一件で高騰した単価が、そうしたルールを守らないやつらのせいで割に合わなくなって、結局元の状態に戻ってしまうのではないか。 そう考えるとGoogleの責任ってすごく大きいし、頑張って欲しい。

案外世界の警察はアメリカじゃなくてマウンテンビューの天才たちなのかもしれないね。

人のタブーを笑うな

学部時代に「文化人類学入門」的な一般教養科目を履修したことがある。

当時その授業は「空から単位が降ってくる」と形容されるほどの楽勝科目で毎年多くの履修生で賑わっていた。

僕も全く単位を気にしていなかったかといえば嘘になるが、実際に受けてみると案外興味深い点も多く、学びの多い授業の一つだったと記憶している。

その授業の中で「タブー」についての小話があった。

タブーはもともと文化人類学で生まれた言葉で、Wikipediaによればポリネシア語で「強く徴づけられたもの」を意味する

文化には必ず何かしらのタブーがあって、そのタブーが生まれた背景を探ることはその文化を知るために必要なものであり立派な研究対象だ...みたい話だった気がする。

一般的にタブーというと「よくわからないが触れてはいけないもの」みたいな意味で使われる。その発展として「打破すべきもの」というニュアンスを帯びることもある。僕もそれまでそういう認識をしていたので、印象に残ったのだと思う。

この話を踏まえれば、その強く徴づけられたものが生まれた背景には何かしらの文化があるということだ。

自分には理解できないことを他人が盲信していると感じられる時、その対象にタブーの烙印を押し、大したことがないものと切り捨ててしまうことがある。

しかし、その烙印の下には言葉では説明できない、その人、その集団の文化が眠っていて、実はそれがとても大切なものだったりするのではないか。

レッテルを貼り付ける前に、どうしてそういうことになっているのだろうと考える余裕を持ちたい。